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神戸地方裁判所 昭和38年(行)4号 判決

原告 景山光雄 外二名

被告 神戸地方法務局御影出張所登記官吏

訴訟代理人 川村俊雄 外一名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告らに対し、昭和三七年七月一七日神戸地方法務局御影出張所受付第八〇二一号共有者仲野美代子の持分移転登記申請事件について、同年一二月一〇日なした却下決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「一、原告らは昭和三七年七月一七日別紙目録記載物件(以下本件建物という)の持分二分の一につき、昭和三〇年七月一四日付遺産分割を原因とし、登記義務者訴外仲野美代子とする所有権移転登記の申請(以下本件登記申請という)を、登記原因を証する書面として、神戸家庭裁判所昭和二九年(家イ)第二一三号遺産分割調停調書謄本以下本件調停調書謄本という)、及び登記権利者である原告湯浅俶枝、登記義務者である仲野美代子の旧姓がそれぞれ景山俶枝、景山美代子であることを証するための住民票謄本三通、除籍謄本一通を添付して、神戸地方法務局御影出張所に対してしたところ、被告は昭和三七年一二月一〇日付決定をもつて原告らの右登記申請を却下し、原告らは翌一一日右決定正本の送達を受けた。被告が右決定において本件登記、申請を却下する理由とするのは、本件建物に関する既存の登記簿上の登記名義人(共同相続人)は仲野美代子と田口夕子の両名であるが右調停調書謄本における当事者は仲野美代子だけが申立人となつていて田口夕子は当事者から除外され、また共同相続人でない原告ら三名が相手方となつているから、右調停調書謄本は本件登記申請事件についての登記原因を証する書面とはなし得ず、従つて不動産登記法第四九条第八号により却下するというにある。

二、しかしながら被告は右却下決定にあたり、

(1)  田口夕子が相続放棄をした事実がないという判断を、神戸家庭裁判所に照会のうえしているが、登記官吏の審査は、原則として申請にあたつて提出された書類及び既存の登記簿のみを資料として行われる書面審査でなければならないところ、右被告のなした審理は登記官吏の審査権限の範囲性格を逸脱している。

(2)  原告ら三名が共同相続人でないという判断がなされているが、家事調停調書は、乙類審判事項についての調停であれば、確定した審判と同一の効力を有するから、乙類審判事項に属する本件建物の遺産分割に関し右調停調書は形成力及び執行力を有し、その対象たる本件建物の遺産分割についての法律関係は右調停調書の内容どおり変更されているというべきであり、右調停調書において原告ら三名に本件建物の相続権があるものとして遺産分割がなされているのだから、登記官吏である被告は既存の登記簿上の相続人と一致しないことを考慮せずに右調停調書に従つて登記をすべきである。

かりに被告が原告らの相続権の有無を審査できるとしても単に推定力を有するに過ぎない登記簿上の記載が仲野美代子、田口夕子の二人を共同相続人としているからといつて、右調停調書の形成力、執行力に優先するものではないから、登記簿上の記載を基準にした被告の審査方法は違法である。以上の理由により原告らの本件登記申請を却下した被告の決定は違法であるから、その取消を求める。」

と述べ更に被告の答弁に対して、

「仲野美代子は本件建物全体について所有権移転を約しているのであるから、本件登記申請にかかる二分の一については当然所有権移転を約したことになり(大は小を兼ねる)、本件調停調書謄本が登記原因を証する書面になることは当然である。」

と述べた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

「原告ら主張の請求原因事実中一の事実は認める。被告のなした本件登記申請却下決定が違法であるとの主張は争う。本件登記申請書に掲げられた登記義務者訴外仲野美代子が本件建物に対して登記簿上有する権利は二分の一の持分権であり、原告らが右申請書において求めている登記も右持分権の移転登記である。しかるに原告らが登記原因を証する書面として提出した遺産分割調停調書謄本は右持分権の移転ではなしに、本件建物の所有権全部の移転を約するものである。権利の内容においてこのように相違している以上、右調停調書謄本をもつて、本件申請にかかる持分権移転登記の登記原因を証する書面とはなし得ないから、本件登記申請は登記原因を証する書面を添付せずになされたことに帰着し、不動産登記法第四九条第八号によつて却下を免れない。」

証拠〈省略〉

理由

原告ら主張の事実中第一の事実は当事者間に争いがない。

そこで本件登記申請を却下した被告の決定が違法であるか否かについて判断する。おもうに、いわゆる登記官吏の形式的審査権とは、その審査の対象となる事項という点からみれば、単に形式的ないしは手続法的な事項に限られず実質的ないしは実体法上の事項をも、その対象としていることはいうまでもないところであるが、たゞその審査の方法において、登記官吏の主観が入つたり事務の単純迅速がそこなわれることのないように、審査は原則として(例外は出頭者の確認)申請にあたつて提出された一定書類及び既存の登記簿台帳のみを資料にして行なう書面審理でなければならないことを意味するものである。従つて登記官吏たる被告が、本件調停調書謄本が不動産登記法第三五条第一項第二号にいう登記原因を証する書面に該るか否かを審理するにあたつても、本件建物に関する既存の登記簿及び台帳、登記申請書類の記載との対比において判断すれば足りると同時に右書面審理の範囲を逸脱してはならないところ、成立に争いのない甲第一、二、三各号証によれば、本件建物に関する登記簿には、甲区順位第一番に昭和三七年四月四日受付仲野美代子と田口夕子を所有者とする所有権保存登記、同区順位第二番に同日受付共有者田口夕子、昭和三一年一二月一二日死亡により相続人寺池清一と田口健一を所有者とする相続による持分移転登記、同区第三番に同日受付共有者寺池清一と田口健一の持分全部を贈与を原因とし原告景山光雄を所有者とする持分移転登記がそれぞれ記載され、右甲区順位第一番の所有権保存登記は田口夕子の子で仲野美代子の夫であつた景山光登の死亡による同人らの相続に基づく保存登記であることが認められ、又本件調停調書謄本には、右登記簿上田口夕子が死亡したとされる昭和三一年一二月一二日より以前の同三〇年七月一四日本件建物全部について仲野美代子及び原告ら三名を当事者とする遺産分割の調停が成立しその結果亡景山光登の遺産である本件建物については原告ら三名が相続することになつた旨の記載があることが認められる。

しかし、遺産分割は被相続人が遺言で定めた場合を除き遺産相続人間においてなされるべきもの(成立要件)であることは、民法第九〇七条の定めるところであるから、遺産分割を原因とする登記原因証書は、少くともその形式において遺産相続人全員を当事者としてなされたものでなければならないものと解すべきところ、本件建物登記簿(甲区順位一番)によれば、亡景山光登の遺産相続人は仲野美代子と田口夕子の二名として登記されていること前記のとおりであるに拘らず、遺産分割を証する前記書面には右田口夕子の参加が現れておらず、遺産相続人であることの登記簿上不明な原告ら三名が当事者として参加しているのであるから、このように登記簿の記載と符合しない場合には例えば遺産分割の当事者である原告ら三名が田口夕子の遺産相続人であることを証する不動産登記法第四二条所定の書面を添付するなどして、右遺産分割が遺産相続人全員間に成立したものであることを証明しない限り、それが調停調書である場合でもなお遺産分割による所有権取得の登記原因証書とはなし得ないものというべきである。

そして登記官吏は、少くともその保管する登記簿、申請書類等により職務上当然に知り得べき範囲において、以上の事項につき形式的審査権を有するものと解すべきところ、原告らのなした本件登記申請に右の証明書類が添付されていないことは成立に争いのない乙第一ないし第四号証に照らし明らかであり、従つて、前記登記簿及び調停調書謄本の記載自体から調停調書謄本に記載されている相続人と登記簿上の名義人である共同相続人との間にくいちがいがあることが明白であるから、右調停調書謄本のみをもつてしては本件登記申請の登記原因たる遺産分割を証する書面となし得ないものというべく、これと同趣旨に出た被告の判断は正当であり、形式的審査権を前提とする限り被告がこれと異つた判断をすることはできない。(なお前記調停調書が仲野美代子の遺産相続分を原告ら三名に贈与したものとして有効と解し得る余地があるとしても、そのような解釈判断は登記官吏の有する形式的審査権の範囲を超えるものというべきであるのみならず、本件の登記申請は遺産分割を原因とする共有持分の移転登記申請である。)

原告らは被告の却下決定理由中に「田口夕子が相続放棄をした事実がないのにもかかわらず」と記載してあるのを捉えて被告がかかる判断をしているのは登記官吏の審査権限の範囲を逸脱している違法があると主張するが、右記載は要するに登記簿上の名義人たる田口夕子が調停調書謄本においては遺産分割の当事者となつていない事実を述べたものであつて登記官吏の形式的審査権の範囲を逸脱したものとは認められない。

また原告らは被告がその却下決定理由中において原告ら三名が亡景山光登の共同相続人でないという判断をしている点を捉えて、これは原告ら三名に本件建物の相続権があるとして遺産分割調停がなされている本件調停調書の形成力及び執行力に反することになり被告の右判断に基く処分は違法であると主張しているけれども、遺産分割調停調書の形成力とは原告ら主張のごとく本件建物の遺産分割について原告ら三名に共同相続人たるの地位を形成する効力であるとは到底解することができない(相続人でない者を当事者とする遺産分割調停調書が右当事者が相続人であるように法律関係を形成するものではない)から本件の調停に原告が当事者として表示されているということから当然に、原告らの主張するように右調停調書の表示が登記の推定力を破るものとは云えない。また従つて右調停調書は原告ら三名の身分関係について、不動産登記法第四二条にいう証明書類とはならないものである。被告が却下決定理由中において、「相続人でない原告ら三名が」と記述しているのは、要するに右の意味で原告ら三名が本件登記申請にあたり、その対象たる建物の持分二分の一について共同相続人であることを証明する書面を提出していない以上本件建物についての相続人とみることができないことを意味するものであつて前述のごとく形式的審査権の範囲を逸脱するものであるとはいえない。

そうしてみると本件登記申請に対し、本件調停調書謄本が登記原因を証する書面たり得ないとして不動産登記法第四九条第八号によつて却下決定をした被告の処分には違法の点がなく、右決定の取消を求める原告らの本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎 林田益太郎 東条敬)

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